その背景にあるもの ~どんな学校にしたいかな~
投稿日:2026年2月27日 投稿者:
令和8年度の和田小学校、上村小学校の実質的再編、そして令和9年度の完全再編に向け、不安なく、子どもたちの気持ちが向かい、高まっていくようにと、折に触れ、再編後の学校についての話をしています。先日の校長講話で、関連した話をした後「どんな学校にしたいかな」と投げかけ、今の考えを紙に書いてもらいました。
『まいにち 楽しいことがある学校』『あいさつが多くて明るい学校』『みんな仲良く、それぞれ相手の意見を尊重する』等々・・・一人一人、率直な気持ちを書いてくれ、その背景に思いを馳せつつ、子どもたちの思いにしっかり答えなくてはと、改めて身が引き締まる思いでした。
その中に、次の3つを書いてきた、ある中学年の子がいました。
〇できるだけ 交流をへらす
〇先生やだれかに決められた授業ではなくて、自分のやりたい授業をする
〇いろいろな たいけんをして じゆうを ひろげる
これらの記述を目にした時、どうしても、そう記述した、その背景が知りたくて、その子に直接尋ねてみました。すると・・・「自分たちが、これやりたいとか、こうしたら面白いかもって思うことをやっていきたい。担任の先生も、そういう考えとってもいいねって言ってくれる。・・・」そのように語りだしました。子どもの発想を、思いを包み込み、後押ししようとする、先生の存在が確かにあることを感じました。
そして、もう一つ、どうしても尋ねたかったこと「できるだけ 交流をへらす」という言葉にある思いです。これについて、その子に尋ねました。その子は、私の問いかけに、即座に答えず、少し考える間をおいて、話を始めてくれました。・・・「上村小と交流しているでしょ。再来年からは、一緒になるから・・・何て言えばいいか・・・・」再び言葉を探すように、しばらく間を置いた後「一緒に生活するみたいな・・・」そう答えたのです。正直驚かされました。その子に尋ねる前に、担任にこの言葉の意味について聞いていました。その時「一つ思い浮かぶことは・・・」と担任が語ったこととは、まったく層が違う、ある意味はるか上を行っているとも感じる、その子の語りだと思いました。「もう交流ではない」のです。再編後の学校生活を思う、ある種その子の覚悟のようなものも感じずにはいられませんでした。
卒業式の呼びかけ練習が始まりました。そして卒業をお祝いする歌の練習も・・・令和7年度の締めくくり、今この時間が、新しい年度へとつながっていく・・・。


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