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和田の匠人

山の中の子どもたちと寄り添った先生 深尾善一郎さん

投稿日:2019年3月18日 投稿者: カテゴリ:和田の匠人 タグ:

今でも皆が「先生」「先生」と呼んでくれるのが嬉しいけど申し訳ないんだよと穏やかに微笑む深尾先生。
優しく穏やかで気長な先生のお陰、深尾先生だったから卒業できたという生徒もたくさんいたことと思う。

昭和3年生まれ御歳90歳。お元気である。
1ダースくらいは産めよ増やせよの時代。
先生も9人兄妹の4番目。和田小学校を卒業後飯田中等学校へ進学。

叔父さんの家に下宿し、5年かかるところ戦時中だったため1年短縮され4年間で卒業。
大学へ進学し医者をめざすつもりだったが、これまた戦時中で召集のため男がおらず、当時の和田小の教員から誘われて「先生」になった。
17歳の「深尾先生」の誕生である。

最初の生徒は7歳ほどしか変わらない子どもたち。
9年ほど和田小で教鞭をとった後三穂小へ。
その後、和田、木沢、南和田、八重河内と地元の小学校を渡り歩き、八重河内小が和田小と合併したときは60歳近く。八重河内の子どもたちと一緒に最後の勤務地となる和田小へ。

 17歳から65歳までの教員生活を和田小で終えた。教員生活はあっという間、それぞれの場所で大事にしてもらって幸せだったと言う。

 子どもたちと一緒に遊んだのは実に楽しかった、子どもたちにいろいろ教えられて子どもたちと一緒に育った、教職を全うできて良かったと語る。

 教育をする上で大切にしていたことは、ふるさとを愛しつつも、山の中の子どもたちはここにとどまらず、自分の力を試し可能性を生かすため積極的に外へ出て大きく羽ばたくこと。
そんな願いを込めて教育をしていた。
授業中外へ出て飛び回って遊んでいる子も無理に教室へ連れ戻そうとはせず、気が向いたら戻ってきて勉強をしたら良い、無理強いしても勉強は出来ないと思っていたそうだ。

 怒ったことはほぼ無し、親御さんに文句を言われたことも無し。
ただ一度だけ手を上げたことがある。
いたずら坊主が女の子をいじめていたときのことである。
相手は傷つき悲しんでいることを解ってほしいと強く願ったからだ。
今でもいじめだけは許せない、心が痛み、悲しくなる。いじめに気がつかない訳がない、気がつかない先生は失格だと言い切る。

 健康の秘訣は朝起きたら畑仕事。
種を蒔いて野菜を育てるのが楽しみ。
コップ一杯の晩酌と白いご飯が大好き。小っちゃいことを気にしない。常に前向き。くよくよしない。
ただひとつ、教え子が先に逝ってしまうのがとてもつらいそう。皆がんばって先生より長生きしてね。

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